魅力再発見 ふながたブログ 特派員のつぶやき「若あゆと古代ロマンの里 舟形町」の旬な情報をお伝えします

地震後のこと。

東日本大震災から1年が過ぎましたね。

なんだかあっという間に過ぎたような、とても長かったような・・・

11日の午後2時46分には、舟形町でも1分間の黙祷が行われました。

私は出掛けていて町にはいなかったのですが、出先のお店で店内放送があり、見知らぬ人達と一緒に黙祷をしていました。

黙祷は1分間だけでしたが、あの日の地震はとても長かったので、黙祷が終わった後、「きっとまだ揺れはおさまってなかっただろうなぁ・・・」とか考えました。

 

1年前の今日はおそらく、やっと停電が直って、ずっと受信できずにいた関東の従姉妹達からの心配メールがどっと届いていた頃だと思います。

電話が使えなかった間、物産センターの様子を見に来たついでに、駅の公衆電話で埼玉の伯母さんのところに無事の連絡を入れました(その時は公衆電話が無料で使えるようになってました)。

地震の後は、むこうの方も電車が止まってしまって、東京の会社に勤めてる伯父さんと従姉妹が家に帰ってこれなくなって、大変だったようです。

東北はほとんどの地域で停電してると言ったら、伯母さんはびっくりしてました。

こちらの親戚に電話してもどこもつながらないので、ひとりでずいぶん心配したそうです。

 

あの日、伯母さんに電話をしたあとに見た駅前の光景は、外を歩いている人が多くて、いつも以上ににぎやかでした。

いつになったら電気がつくのか、これから一体どうなるのか、全然分からなくてとても不安でしたが、外に出ればたくさん人がいたので、あまり寂しくはありませんでした。

 

地震の数日後、朝物産センターに出勤してくると、待合室にいたひとりの男の子に「仙台行きのバスはここで待ってるといいんですか」と訊ねられました。

なんでもお話を聞くと、その子は石巻の学生だそうで、地震のあと親が迎えに来てくれた舟形の友達の家で、しばらくお世話になっていたそう。

山形県はその時、貴重なことに仙台へ行くルートのバスが動いていたので、それに乗って両親のいる仙台へ帰るんだと言っていました。

津波はなんと、その子がいた場所のすぐ近くまで来たそうです・・・

あの大きな津波が来たところのすぐそばにいて、知らない町へ一人でやって来て、とても不安だったでしょうね(;△;)

学生なので、たぶん年はまだ二十歳そこそこだったでしょう。

恐かっただろうなぁ・・・

1年経って、今はもう元気を取り戻しているといいな。

 

あの地震の日をきっかけに、見知らぬ人とも、「お互い無事で良かったね」と言い合えるような、不思議な連帯感が生まれることが多くなりました。

ああいうどうしようもないような状況の中では、本当に目の前にいる人だけが頼りになってくるので、知らない人同士でも助け合わないとダメだな~ということが身にしみました。

まだまだこれからも大きな地震が起こる危険性は残されているようですが、気を引き締めて次も無事乗り切れるようがんばりたいです

関連する記事・ページ